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権力構造の謎、上、カレル・ヴァン・ウォフレン、早川書房、

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2章、とらえどころのない国家

日本人が生活する姿は、失敗作の劇をみるようだ。役者の言うセリフと役柄を表現するはずの衣装とがちぐはぐなのだ。
日本での権力の行使に関係する諸機関、行使の過程、様態なども、一見したところと、よく観察して後では印象はまるで異なる。

もっと基本的なレベルにおいては、日本の政治生活も他の国々の場合と異なるわけではない。権力を愛する人もいれば、
実際に権力を握る人もいる。だが、大多数の人は、他の社会と同様、個人への懲罰や社会秩序の混乱を考慮して、
行使される権力に自ら進んで服従することになる。

日本にも、法律、立法者、国会、政党、労働組合があり、首相、利益団体、株主などがいる。だが、
このように聞きなれた名称だからと言って、日本での力の行使のされ方について早急に結論を出しては、間違いになる。

日本の首相は、統率手腕をあまり発揮することは期待されていない。労働組合は、昼の休み時間に合わせてストライキをする。
また、立法府は、実際に法律を制定するわけではないし、株主が配当を強く要求するなどと言うこともない。


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また、消費者団体が保護貿易論を支持し、法律は、有力者の利益を損なわない限りにおいてしか、発動されない。そして、
与党の自由民主党は、どちらかと言えば保守的で権威主義的だが、本当の意味では一つの政党でもなく、実際に統治しているわけではない。

それなら、いっそのこと、そんな名称を変えてしまえばよいと思うかもしれないが、事はそれほど簡単ではない。
日本の社会政治機関の中には、その名にふさわしい機能を果たすものもあるからだ。

ところが、別の時には、程度はさまざまだが別の意味を持つ。この混乱の主な原因は、日本のジャーナリストや学者が、
こうした食い違いを指摘する習慣・・欧米のジャーナリストや学者なら普通のことなのだが・・を身につけていないと言うことにある。
彼らは、それが名称どおりだとして扱ってしまいがちなのだ。

だからといって、多くの日本人が自分でそう思いたがるように、日本が、外国人には、理解、できない所でもあるわけではない、
ただ、この独特の複雑さを解明する目的にはほとんど役に立たないばかりか、
かえって物を見なくさせる西欧の政治用語には頼らず、辛抱強い努力を続ける必要がある。

日本における政治の世界の現実は、つかんだと思ってもすぐ指の間からするりと逃げてしまう。筆者が日本についての記事を書くとき、
いたる所で、普通に使っている用語を定義し直したほうがよいのではないかと思わせられる。

と言うのは、これらの用語から受けるイメージと日本の現実とが、まったくではなくとも、かなりの部分、違うからだ。
正直なところ、日本の権力構造について真剣に考える人なら、政治分野の・・あとでいれて、
をすっかり書き直してしまいたい衝動にかられるに違いない。


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姿を見せない権力

まず、国家と言う概念の検討からはじめることにしよう。最近の傾向は国家を政府や国と区別しないのが普通になってきている。
しかし、これから先次第に明らかになるが、その違いははっきりさせたほうがよい。

特に、日本について考察する場合には、それが解明のかぎとなるのだ。国家(民族国家)とは、共通言語を使用し、
他とは異なる独自の文化があるところと定義されている。この意味では、日本は明らかに、一つの国である。

国家のほうは、簡単には言い切れないのだが、どの定義でも一致しているのは、国家はその国土の究極的な統治者を有し、
権力の最高決裁者だということである。とすると、日本場合、どこに国家と言えるものがあるのだろう。

形式上あるいは公式には、議会制民主主義国ということになっているから、主権は国民にあり、立法権は選挙で選ばれた議員によって構成される国会両院にある。だが、この自由選挙によって選ばれた国民の代表たる議員の集まり、
憲法に国政の最高機関と定められている国会が、憲法の規定どおりの、
今の日本で行われることの最終的な裁決者であるとはとても考えられない。

このこと事態は別に驚くことでもない。ほかにも、本来そこに権力があると想定されているはずの機関に、
実際には権力がないという国がたくさんある。


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しかし、そのような場合には、実際上の権力を握る別の機関課、一人の人物あるいは集団がいると考えてほぼ間違いない。
ところが、日本の場合には、明確にそれとわかり他と一線を画せる権力集団がないのである。

国会両院意外に、国家の中核として権力を持って、いるらしく、見える組織は、官僚と大企業とである。
だが、この両者のどちらかにも、究極的な権力はない。

ボスはたくさんいるが、ボス中のボスと言える存在はないし、他を統率するだけの支配力のあるボス集団があるわけでもない。

首都が国の経済、文化の中心だと言う意味では、日本は高度に中央集権型の国と言える。東京は、パリやロンドンに負けず劣らず、
「すべてのものがある」大都市である。

大企業は、中央官庁の役人から離れないよう、本社あるいは重要な支社を東京に構える。主要教育機関も、ここに集中している。

予算陳情のためには、地方自治体も国の中央官僚に取り入らなければならない。東京以外には、
重要な出版産業も娯楽産業もほとんど存在しない。ところが、この地理的中心地には、政治の中核がないのである。

どの国についても、国家の実態をとらえるのは容易ではないが、日本の場合は特に、バケッの中のウナギを素手でつかまえる、
と言うことわざのたとえそのものである。指令の流れる経路、責任の中心、見え隠れする政策決定上の実際の動きなどが、
すべて気が変になるほど、とらえどころがない。


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実権のない王

日本の政治の姿を外国人が検討する際に、肝に銘じておくべきことは、外見と中身が一致することは稀である、と言うことだ。
体験にもとづくこの忠告は、何世紀にもわたり、日本を訪問した外国人によって何度も繰り返し言われてきた。

なんと、神話や伝説ではない日本についての初めての記録にすでに、日本の政治機関の目指す本当の目標と、
表向きの機能とされていることとは、ほとんど関係がないと書かれているのである。時は三世紀、中国の魏の国の史書に、
次のようなことが驚きをもって記されている・・倭の国は、形式としては、卑弥呼と言う名の女王によって統治されているのだが、
彼女は衛兵に守られた宮殿の奥に隠れていて、外界とのやり取りは一人の男を通じて行われる。

そして、国を統治する仕事のほうは弟にまかせてままである。世界の歴史を見ると、世俗の権力を持った僧ろ王、
神王、魔術師、シャーマンなどがあふれている。

「神々の意思を知る」のがた仕事であって卑弥呼も、こんな類の存在だったようだ。しかし、この倭の王国の名目上の長は、
実権をもっていなかった。

そしてこの後に続く代々の天皇にも、形式上の権力と事実上の権力を分ける日本的性向が象徴的にあらわれている。

日本の女帝や天皇は、先祖代々の神を精力的に鎮撫する仕事から解放された後でも、驚くほどややこしい儀式をとりおこなわなければならなかったので、たとえ国を統治してよいと言われても、とてもそんな時間はなかった。初期には、
政治的支配力のある天皇も数人はいたようだが、その支配権はまもなく、まず皇太子に、ついで、皇室顧問訳に委託されている。

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操作される一党体制

この形式上の権威と実質的な権威と不一致ということは、近隣のアジア諸国にもなじみが深い。
今日のアジアの形式上の権力構造の多くは大裁をつくろうための作り物である。

アジアの非共産主義国の飾り物の公式の大裁は、インド、インドネシア、フィリピン、マレーシアの場合には、
旧植民地宗主国によって、また、タイヤ日本の場合には、西洋的形態を取り入れたほうが自国の独立も護れ、
西欧諸国からも敬意の目で見られるだろうと考えた国内の改革者によって、西欧から取り入れられたものである。

こうしたアジアの政治体系は大なり小なり、目に見えない権力構造を隠す、見せ掛けの体裁であることが多い。したがって、
これまで行われてきた、その国に固有な政治的行動の形態を明らかにすることによってはじめて、その国の政治的過程が理解可能になる。

欧米諸国においても法の規定を超えた非公式の人間関係が、権力の行使に大いに影響を与えることはあるだろう。しかし、
ほとんどのアジア諸国の場合、個人的な人間関係が、歴史の浅い形式的に公平な政治機構より、はるかに重要なのである。

とはいえ、アジアの形式的な統治形態を、無意味なパントマイムにすぎないと一笑にふしてしまってはいけない。
西洋から移入された公式構造が、それ以前の政治的行為や慣習と作用しあって、旧体制が根底から変えられた部分もあるからだ。
このことにおいては、日本も例外ではない。

ところが、日本は、欧米諸国以外で、民主主義国としての体裁がもっとも完璧に整っている国であるし、
地政学的に西欧の先進工業国と同じ類型に属すると一般的に考えられているので他のアジアの国々に比べ、
いっそうその政治の実体について誤ったとらえ方をしてしまいがちだ。

また、日本は、近隣のほとんどの国のように歴然と判るほど、権威主義の権力によって統治されているわけではない。


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日本の政府は、権力を座を守るために、人々を投獄したりはしない。と言うわけで、日本は立派な立憲制度がみごとに花開いていると、
ずっと思われてきた。

日本には、議会制民主主義には欠かせないとされる機関がすべてある。そして、表面的に見る限り、
別に並外れて特異なところがあるわけではない。

東京都心には国会議事堂がある。衆参両院の議員たちが集まって審議をする場所である。
民主主義にそって自分の職務を遂行していないのではないかなどといわれれば、彼らは激怒するであろう。

日本国民には、四年ごとに、また時によってはもっと頻繁に、広範にわたる候補者の中から自分がよいと思う議員を投票で選ぶ機会がある。

ところが奇妙なのは、この自由選挙の結果が、一九五五年以来一党支配となって現れていることだ。しかも、
野党は一度も本格的に自民党の地位をおびやかそうとしたことがない
一九四七〜八年社会党の保守派が窮余の連合政権をつくった十ヵ月間を除き、
終戦以来ずっと比較的少数の政治家グループが、大臣の座をたらいまわしにしてきたと言える。

席にありつくのはお気に入りの子飼いだけで、国民は重要な政治的決定にじかに影響を与えることはなかった。

この政治家の集団は現在、自由民主党と呼ばれている。だが、すでに見たように、
政治的徒党である派閥の連合体を一つの政党と呼ぶのは完全な誤称である。
この自民党には、正当にあるべき草の根レベルに達する組織もなく、
党内の指導権の継承についてもその選出方法をめぐって全体的に合意に達した総裁選びの規則があるわけでもない。

それどころか、政党としての明確な基本的理念にも立脚していない。党員数も、ある年は百五十万以下だったのが、
次の年には、三百万を越え、さらに次の年は、また百五十万以下に減ると言う具合である。
これではとうてい西欧で一般的に政党と考えられている類のものではない。

日本は一党体制であるとは、めったに言われない。むしろ、大衆は自国に経済的繁栄をもたらした政治家を固く信じており、
そういう政治家なら、いくら大勢いてもいすぎることはないと考えている、らいしと論じられている。
事実、ごく最近まで、日本について書く有力な外国学者のほとんどが、この見方をしていた。

だから、自民党が、この説をもって、その不動の地位を外部の世界に説明するのも、それはそれで頷ける。
アメリカ大統領が日本の首相に、両国は共に複数政党制による民主主義によって立つと言っても、日本の首相はあえて異を唱えない。

だが、自民党が権力の座を維持してこられた本当の理由は、ゲリマンダー、すなわち自党に有利な選挙区の改変・維持にある。
自民党に必要な全投票数の焼く四八%を確保するために金をばら撒き、そして、
農村地域の基盤整備をすすめるには自民党の候補者を選ぶしかないと言う口上を、地元の有権者に繰り返し叩き込む作戦である。

自民党によって作り出された今の地方の状況から言うと、実に的を射たくどき文句である。制度的に地方自治体は、
中央官僚によって割り当てられる一連の補助金に大きく依存している。

この補助金制度は、公平な規則によって運用されているわけではない。割り当てる側の中央省庁の役人との間を取り持ってもらうのに、
政治家が必要になる。そして、自民党の政治家が、唯一ではないまでも、一番のコネを持っている。


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